環境シミュレーションは、何を決めて、何を決めないか
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環境設計のシミュレーションは、形や開口、風の通り、設備の容量を比べ、まだ変えられる判断に使います。省エネ基準の計算は、室の使い方を共通の条件に固定し、建物の計画だけを比べます。入居後のメーターは、その条件とは別の使い方を含みます。新築は配置を動かせる段階で計算します。既存は、測れる使い方に計算を合わせ、動かせない躯体の範囲で設備を比べます。
この記事の要点
- 非住宅の暖冷房負荷は、室用途ごとの標準的な使用条件と、地域区分の気象で計算します。在室や設定温度は、その建物の予定ではなく、用途に共通の条件です
- 設計値と基準値の差に、室の使い方の違いは入りません。設定温度を緩めるといった工夫は、この評価の対象ではありません。設計値と運用後の実績には、条件の違いで差が出ることがあります
- 非常時だけ動く設備は、基準の計算に入りません。太陽光は、売電するなら評価から外れ、売電しないなら全量を自家消費したとして引きます
- ASHRAEとIBPSAのStandard 209(2024年)は、判断をしている時点で、その判断がエネルギーに与える差を計算する手順です。設計、建設、運用に対応する11の計算サイクルを置きます
- 瑞浪北中学校は、配置のパターンで風の流れがどう変わるかを計算して、校舎の置き方を決めました。上田病院の改修は、標準入力法で削減率50%以上を確認しました
基準の計算は、使い方を固定して計画を比べる
非住宅の設計一次エネルギーは、空気調和、機械換気、照明、給湯、昇降機、その他を足し、太陽光発電とコージェネレーションによる削減を引いた量です。国土技術政策総合研究所・建築研究所「一次エネルギー消費量算定方法の解説(非住宅建築物)」
暖冷房の負荷には、室用途ごとに定めた標準的な使用条件を使います。空調の運転時間と設定温度、在室の時間・人数・発熱・発湿、照明とOA機器の使用時間と発熱、外気を取り入れる時間と量です。気象は、地域区分ごとの気象情報です。その建物のテナントが何人来るか、何度に設定するかは、この計算の入力ではありません。国土交通省告示第265号(算出方法)
国土技術政策総合研究所と建築研究所の入力マニュアルは、設計値と基準値の差に、室の使い方の違いは含まれない、と説明しています。設定温度を緩めるといった使い方の工夫は、評価の対象ではありません。同じ条件で、室の配置、外皮、設備の性能を比べるためです。マニュアルはあわせて、この方法で出した設計一次エネルギーと、運用開始後の実際の一次エネルギーには、使用条件が違うことで差が出ることがある、と注意しています。非常時だけ動く設備は、計算に入れません。エネルギー消費性能計算プログラム(非住宅版)標準入力法 入力マニュアル Ver.3.9(2025年10月)
太陽光の扱いも、実績のメーターとは違います。発電した電力を少しでも売電する設備は、評価に入りません。売電しない場合は、発電量のすべてを自家消費したとして引きます。別の建物に置いた太陽光は、対象外です。同解説 第7章
環境シミュレーションは、決断の時点で差を見る
基準への適合を、図面が固まったあとで一度だけ計算することと、形や設備を決める途中で計算することは、同じソフトでも目的が違います。ASHRAEとIBPSAのStandard 209(2024年、Building Performance Simulation Process)は、設計の判断をしている時点で、その判断がエネルギーに与える差を数量にする手順を定めています。一般的な計算の要件に加え、設計、建設、運用のそれぞれの段階に目標を置いた11の計算サイクルがあります。2024年版は、題と目的と範囲を広げ、予測のための計算、設計での使い方、将来の気候、入力の詳細さについての参考資料を加えています。ASHRAE「Building Energy Simulation and Performance Modeling Resources」
同じASHRAEのStandard 140は、建物と空調の熱の計算をするソフトが、何をどこまで計算できるかを試す方法です。設計のどちらを採るかは、209の側の問いです。140は、その計算に使うソフトの差や、入力の誤りを見つける側です。同ページのStandard 140
熱の年間計算だけが、環境設計のシミュレーションではありません。光の入り方、風の通り、開口の位置は、エネルギー消費量の合計には表れにくい差を生みます。岐阜県瑞浪市の瑞浪北中学校では、周囲の地形を見たうえで、校舎の配置のパターンごとに風の流れの違いを計算し、配置を決めています。取り込んだ風は地下の溝を通り、夏は冷えた空気を、冬は暖かい空気を教室へ送ります。普通教室は最上階で南北から光を入れ、中間階の特別教室には自然光を奥へ送る棚を付け、LEDと明るさのセンサーと組み合わせています。環境省の事例が示す削減率は、創エネを除き50%、含めて77%で、区分はNearly ZEBです。BESTによる試算では『ZEB』と、同ページは書き分けています。環境省 ZEB PORTAL「瑞浪市立瑞浪北中学校」
新築は配置と開口、既存は残る躯体と測った使い方
新築で計算が効くのは、配置、方位、開口、階の使い方をまだ動かせるときです。瑞浪北中学校の風の計算は、その段階の例です。躯体が建ったあとでは、同じ計算をしても、配置の案は選べません。
既存は、室の使い方がすでにあります。基準の計算は、その実態ではなく、室用途の標準条件を使います。長野県上田市の上田病院は、既存の病院を改修し、建築研究所の計算プログラム(標準入力法)で、削減率50%以上になる計画を確認しました。環境省の事例ページの削減率は、創エネを除き50.4%、含めて55.0%で、区分はZEB Readyです。開口部の断熱、空調の電化、LED、給湯、太陽光と蓄電池を組み合わせ、WEBPROの計算を空調の機種や再エネの能力を変えながら合わせています。環境省 ZEB PORTAL「上田病院」
この50.4%は、標準の使い方で見た設計の計算です。入院の人数や、手術室の非常用電源の動きを、そのまま再現した数字ではありません。マニュアルが書くとおり、非常時だけ動く設備は基準の計算に入らず、運用後の実績とは条件が違います。既存でシミュレーションを設計に使うなら、標準条件の適合計算と、測った在室や設定温度を入れた計算を、別の表にします。
三つの数字を、同じ欄に置かない
環境設計で並ぶ数字は、少なくとも三つあります。一つは、標準の使い方で建物の計画を比べる、基準の計算です。一つは、配置や開口や容量の案を、決める時点で比べるシミュレーションです。一つは、入居後のメーターです。
基準の計算に合格したことは、風の通りや、窓際の明るさや、停電時にどの回路を生かすかを決めたことにはなりません。シミュレーションで案を比べたことは、その条件のまま光熱費が出ることを保証しません。実績は、在室と設定と天候を含み、設計の計算が固定した条件とは別です。
仕様書に残すのは、どの数字を、どの条件で出したかです。室の使い方は標準条件か、想定した在室か、測った実績か。気象は地域区分の代表か、その敷地の風か。太陽光は全量自家消費として引いたのか、売電を分けたのか。この三つが揃うと、設計のシミュレーションは、基準の確認とも、運用の評価とも、役割を分けられます。
環境シミュレーションの依頼は、ソフトの名前より、何を決める計算かを先に書きます。
- 決めること。配置か、開口か、設備の容量か、基準への適合か。適合の確認だけなら、標準入力法で足ります。配置を比べるなら、風や光の計算が別に要ります。
- 使い方。基準の計算は、室用途の標準条件です。テナントの在室や、病院の夜間を入れたいなら、その条件を別紙にします。標準条件の結果と、混ぜて一つの削減率にしません。
- 時点。形を動かせるうちの計算と、実施設計で容量を詰める計算は、別の成果です。建ったあとでは、配置の比較はできません。
- 範囲外。非常時だけ動く設備と、売電する太陽光は、基準の計算の削減率に入りません。BCPの容量は、その削減率とは別の表です。